
威厳のある風格、いぶし銀の瓦。
そんな懐の深さが計り知れない瓦の奥深い歴史をちょっとのぞいてみてみましょう。
史上、初めて瓦が登場するのはおよそ2800年前の中国とされています。
日本には1420年前の西暦588年、百済から仏教と共に伝来したとの記録があります。。
飛鳥寺で初めて使用された瓦は、仕様では平瓦を並べ、そのジョイント上に丸瓦を並べた現在でもよく使われている本瓦葺きとほぼ同じ手法でした。
実は、飛鳥時代では瓦葺きの許された建物は寺院のみだったのです。
仏教とともに伝来したことが、双方を関連付けたのでしょうね。
7世紀末に建設された藤原京では、大極殿などの宮殿は瓦葺きで建てられていることが考古学的に確認されていることから、初めて寺院以外で瓦が使用されたのはこの時代ではないかと言われています。
奈良時代、平安時代に入ると、瓦は寺院、宮殿の他、官衙にも用いられるようになっていました。
特に、地方でも国府や国分寺といった国家権力を象徴するような建物に多く用いられるようになりました。
しかし、絵画史料からは貴族の邸宅は桧皮葺で、瓦は公的な建物にしか用いなかったことがわかっています。
各地には瓦屋(がおく)と呼ばれる瓦を生産・供給する役所が設けられ、寺院や役所に瓦を納品していました。
中世になると、再び寺院以外の天皇や将軍の御所の屋根も桧皮で葺かれることが多くなります。
近世に入ると、瓦はそれまでは仮設建物が多かった城郭の建築物にも用いられるようになっていきます。
特に、安土桃山時代には鯱瓦や鬼瓦、軒瓦に金箔を施した金箔瓦などもありました。
江戸時代前後には屋根の軽量化を図るために銅や鉛の金属瓦も用いられ始めました。
また、延宝4年(1674年)に瓦職人、西村半兵衛が丸瓦を必要としない桟瓦を開発したと言われています。
これにより瓦を用いる量が減り、瓦を用いるための建物強度のハードルを下げることが可能になりました。
さらに、太平の世の課題として火事対策が幕府や藩の急務となり、耐火建築用品として瓦の使用が幕藩によって奨励され、一般家庭の建材としても普及することになりました。
ただし、積雪が多い地域や冬の気温が低い地域では瓦葺きはあまり普及しなかったようです。
これは現代でもみられる現象で、北日本の家屋では金属板葺き(瓦棒・平板(一文字など)等)、スレート葺きなどが多いようです。
近代、明治時代には洋瓦の開発や輸入が行われ始め、また、桟瓦を改良した引掛桟瓦が開発されました。
1926年以降、引掛桟瓦は当時の内務省の奨励により瓦葺きに用いる標準的なものとして現在も用いられています。
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